この記事の要点(30秒で読めます)
- 客室を一列に並べないのは、約30mの高低差のある谷の地形と既存の樹木、水の流れを活かすための配置と読み取れます。
- 建築士として見るなら、発電用の沈砂池を景観にした水辺と、屋根の小さな出っ張り「風楼」に注目です。
- 家具を低くして視線を抜く、照明に濃淡をつける。住まいでも今日から試せます。
軽井沢の谷あいに広がる「星のや軽井沢」。写真で見ると、客室の建物がきれいな一直線ではなく、あちこちに向きを変えながら点在していることに気づきます。
ふと、こんな疑問が浮かびませんか。
「客室をきれいに一列に並べた方が、建てやすかったのではないでしょうか」
実はこの「並べない」という選択に、この宿の建築のほとんどが詰まっています。地形、水の流れ、風の通り道、そして眺めとプライバシー。どれも一列に並べてしまうと、成り立たなくなるものばかりです。
今日は建築士の目で、図面や公開されている資料を読み解きながら、星のや軽井沢の建築を歩いてみます。この記事でわかるのは、次の3つです。
- 客室が一列に並ばない理由(地形と配置の考え方)
- 中央の水辺と、屋根の小さな出っ張り「風楼」の役割
- 自宅の暮らしにも持ち帰れる設計のヒント
星のや軽井沢の建築は、なぜ客室を一列に並べない?
まずは基本情報から押さえておきます。星のや軽井沢は2005年7月に竣工した宿泊施設で、所在地は長野県北佐久郡軽井沢町星野です。客室数は77室、敷地面積は42,055㎡、建築面積は6,303㎡と公表されています。
建築設計は東環境・建築研究所の東利恵氏、ランドスケープ(外構・庭・水辺まわりの設計)はオンサイト計画設計事務所の長谷川浩己氏らが担当しました。施工は大林組です。設計者と施工者は別の立場なので、ここは混同しないでおきたいところです。コンセプトは「谷の集落」。ホテルというより、小さな村に滞在するイメージで考えられています。
約30mの高低差を活かした「谷の集落」
この宿が建つのは、湯川沿いに南北へ伸びる谷筋です。敷地には約30mの高低差があるとされています(数値は参考資料による情報で、公式資料では確認できていません)。
高低差のある土地に、同じ形の建物を同じ向きで並べようとすると、大きく土を削ったり盛ったりする造成が必要になります。オンサイト計画設計事務所の資料によると、この計画では既存の地形、樹木、もともとの植生をできるかぎり残すため、多くの配置案を検討したとされています。
ここからは私の考察です。「一列に並べない」のは見た目の遊びではなく、土地に合わせた結果として、自然にそうなったと読むのが筋だと思います。建築士の感覚でも、地形に逆らうほどコストも環境への負荷も大きくなります。
大きな木の間に小さめのコテージを点在させるという考え方も、同じ資料に書かれています。冬でも外を歩いて軽井沢の自然を感じてほしい、という意図だそうです。
雁行配置が生み出す眺めとプライバシー
建物を斜めにずらしながら並べる配置を、建築では「雁行(がんこう)配置」と呼びます。空を渡る雁の列が少しずつずれて飛ぶ姿に由来する言葉です。
雁行配置にすると、窓やテラスの向きが少しずつ変わります。真正面に隣の建物の窓が来にくくなり、視線が重なりにくくなる。これは一般的な雁行配置の効果です。
ただし、星のや軽井沢のどの窓がどの角度を向いているかといった詳細は、公開資料からは確認できません。ですので「すべての客室で隣室が見えない」とまでは言えません。ここは「視線への配慮が考えられた配置と読み取れる」という、建築的な考察にとどめておきます。
もう一つ大切なのが、歩くときの見え方です。路地は直線ではなく、曲がったり、段差があったりします。曲がり角の先は見えないので、歩くたびに風景が変わります。森の中では視界が閉じ、水辺に出ると開く。この「閉じて、開く」の繰り返しが、散策の楽しさをつくっています。

美しい水辺は、実は発電設備だった?
敷地の中央を流れる水辺は、星のや軽井沢でいちばん印象に残る風景かもしれません。
この水辺は、単なる庭の池ではありません。オンサイト計画設計事務所の資料によると、敷地中央付近には発電用の沈砂池があり、創業当時から得ている水利権を使った水力発電の設備が残されています。JIA環境建築賞の資料でも、水力発電の沈砂池を水景として活用した点が挙げられています。
水力発電を支える調整池・沈砂池
少し専門用語を説明します。沈砂池(ちんさち)とは、川から引いた水を一度ためて、砂や泥を沈める池のことです。水を発電機へ送る前にきれいにして、機械を傷めないようにする役目があります。水の量を整える池を「調整池」と呼ぶこともあります。
つまりこの水辺は、もともと発電のために必要な設備でした。星のや軽井沢の前身である星野温泉旅館の時代から、敷地内の川を利用した水力発電が行われてきたことは、星野リゾートの公式資料にも書かれています。開始年については資料によって表記が分かれるため、この記事では年を断定しません。
設備を風景へ変えたランドスケープの工夫
ここが設計の面白いところです。オンサイト計画設計事務所の資料によると、以前は地下の暗渠(あんきょ・ふたをした水路)に隠れていた大量の水を、地表に出したそうです。
水を隠さず見せるだけでなく、既存の地形を活かしながら、水音が響く段差を各所につくっています。
設備をわざわざ隠さず、風景の主役にする。建築士として、ここはとてもうまいと思います。発電のための池が、そのまま散策の目的地になっているからです。
水辺は歩く体験にも関わります。水の近くでは音が変わり、空気も少しひんやりします。歩く速さが自然と落ちるのは、そのせいかもしれません。これは私の考察です。
住宅の設計でも、水の音や緑が見える場所は、人が自然と足を止める場所になります。玄関から庭へ抜ける動線に、少しだけ曲がりや段差をつくると、日常の移動にも小さな楽しみが生まれます。

屋根の小さな出っ張りには何の意味がある?
客室の屋根をよく見ると、小さな屋根がもう一段のっています。これが「風楼(ふうろう)」です。
風楼が取り込む軽井沢の涼しい空気
星野リゾートの公式資料には、客室の屋根に設けた小屋根の「風楼」から、温まった空気を排出し、涼しい風を取り入れる、と説明されています。JIA環境建築賞の資料でも、換気のための越屋根(こしやね・屋根の上にのせた小さな屋根)が連なる形が挙げられています。
仕組みはシンプルです。温かい空気は軽いので、自然と上へのぼります。屋根の高い位置に出口があれば、温かい空気はそこから外へ抜けます。空気が抜けると、低い位置の窓から新しい空気が入ってくる。お風呂場で、上の方だけ暖かいのと同じ原理です。
大切なのは、これが「魔法の冷房」ではないという点です。外の気温や風の状況、季節によって、効果は変わります。「通年エアコン不要」「必ず涼しい」と言い切ることはできません。公式にも「風を天然のクーラーに」という表現がありますが、設計の考え方として受け取るのが正確でしょう。
地中熱と温泉排熱を活かす環境設計
この宿のもう一つの特徴が、EIMY(Energy In My Yard)という考え方です。使うエネルギーはできるだけ敷地の中でつくる、という意味です。
プレスリリースによると、敷地内には深さ400mの地中熱交換井が3本あります。水を循環させて地中の熱を取り出し、ヒートポンプで暖房や給湯などに使います。熱だけを取り出すので、地盤沈下の心配はないと説明されています。
温泉の排湯熱も使われています。毎分852L、約40℃の温泉排湯の熱をヒートポンプで回収し、温水・冷水・床暖房の熱源にしているそうです。放流する水の温度を下げられるので、川の生態系への影響を抑える効果もあるとされています。
気になる自給率は、星野リゾートの資料で、消費エネルギーの約7割(2017年時点で68%)を敷地内で生産していると記されています。これは2017年時点の数字で、現在の実績を示すものではありません。

客室を「特等席」にする設計の工夫
星のや軽井沢の客室は、「水波の部屋」「山路地の部屋」「庭路地の部屋」の3タイプがあります。公式の説明を整理すると、次のとおりです。
- 水波の部屋:集落の中心を流れる川に面した客室
- 山路地の部屋:1階は緑に包まれ、2階から「野鳥の森」を望む客室
- 庭路地の部屋:戸建てを路地でつないだ客室
名前を見ただけで、水・山・庭と、それぞれ自然との付き合い方が違うことがわかります。
窓の向きと視線の抜け
窓は、部屋の中から外を見るための道具です。でも本当に大切なのは、どこを見せて、どこを見せないかです。
水辺に向けて窓を開く、森に向けて開く、庭に向けて開く。タイプごとに見たい景色が違えば、窓の位置も変わります。公式の説明を読むと、客室は「眠る部屋」ではなく「滞在する空間」と位置づけられています。室内は主役ではなく、自然を眺めるための場所でもある、と読めます。
なお、家具の高さを揃える、壁を白で統一するといった詳細な設計ルールは、今回確認できた一次資料には書かれていませんでした。そのため、ここでは事実として扱いません。
深い軒とテラスがつくる自然との距離
客室と外をつなぐ場所が、軒(のき)の下のテラスのような空間です。公式の案内でも、広縁やテラスを重視した設計が紹介されています。
軒が深いと、雨の日でも窓を開けやすくなります。夏の強い日差しを少しやわらげる役目もあります。室内と屋外のあいだの、半分外のような場所です。昔の日本家屋の縁側と同じ働きだと考えると、わかりやすいと思います。
住宅でも、窓の外に深い庇(ひさし)を足すだけで、雨の日の窓開けや夏の日射しの調整がしやすくなります。外と中のあいだに、ゆるやかな中間の場所をつくる。これは星のや軽井沢から学べる、いちばん取り入れやすい考え方かもしれません。
水波の部屋のように水に近い客室では、水面の揺らぎや音が近くに感じられるはずです。ただし、細かい寸法や水との距離は資料で確認できていないため、ここは建築的な想像としてお読みください。

星のや軽井沢から私たちの住まいに取り入れたいこと
ここまで読んで、「ホテルだから実現できるのでは」と思った方もいるかもしれません。その通りで、ホテルと一般住宅では、気候も予算も法規も使い方も違います。広い敷地や発電設備は、住宅には真似できません。
それでも、考え方のヒントは持ち帰れます。ここでは3つに絞ってご紹介します。
家具を低く、視線は遠くへ
1つ目は家具の高さです。窓の前や視線の通り道に背の高い家具を置かないと、部屋が広く感じられる場合があります。
たとえば、窓の近くのソファは背の低いものを選ぶ。収納は壁際に寄せる。これだけで、視線が窓の外まで抜けやすくなります。星のや軽井沢の客室で家具がどう置かれているかは確認できていませんが、この考え方自体は住宅でも取り入れやすいと思います。
窓の位置と向きで、外からの視線を避ける
2つ目は窓です。雁行配置のように、窓の位置や向きをずらすと、隣家の窓と真正面に向き合うのを避けられます。
もちろん、既存の住宅で建物を斜めにずらすことはできません。そんなときは、窓の高さを変える、植栽を一本置く、ブラインドを高さ別に使い分ける、といった工夫でも効果があります。外の景色は見たいけれど、視線は避けたい。そのバランスを探す感覚が大切です。
照明は、明るさを一様にしない
3つ目は照明です。部屋全体を均一に明るくするより、必要な場所だけを照らす方が、空間に落ち着きが生まれます。
たとえば、天井の照明に加えて、床に近い小さな明かりや、壁を照らす明かりを足してみる。明るさに濃淡ができて、夜の時間がゆったりします。星のや軽井沢の照明計画の詳細は今回の資料では確認できていませんが、暮らしに取り入れる工夫としてお伝えしました。

実際に見に行くなら
一次資料で確かめてみた:数字と施工者
この記事を書くにあたり、手元の調査資料と公式の一次資料を一つずつ照らし合わせてみました。すると、資料によって食い違う点がいくつか見つかりました。
たとえば施工者です。ある資料では別の会社名が挙がっていましたが、JIA環境建築賞の資料には大林組と記載されていたため、本記事では大林組としています。また、約30mの高低差は、オンサイト計画設計事務所の資料に数値の記載がありませんでした。そのため「とされています」という書き方にとどめています。
エネルギー自給率も同じです。開業時の約7割と、2017年時点の68%は、どちらも公式資料に出てきますが、示している時点が違います。建築の記事では、この「いつの数字か」を分けて読むことが大切だと考えています。
見学の前に知っておきたいこと
星のや軽井沢の客室エリアは、宿泊者向けの空間です。建築を見るために行く場合は、周辺の公共性の高い施設と合わせて計画すると、歩く楽しみが広がります。
アクセスや送迎、料金、予約の条件は時期によって変わります。必ず公式サイトで最新の情報を確認してください。公式の案内では、送迎は予約が必要で、駐車場は予約不要で無料の屋外と案内されています。

まとめ|建物を主役にしないという設計
星のや軽井沢の建築が客室を一列に並べない理由を、あらためて整理します。
- 約30mの高低差のある谷の地形と、既存の樹木をできるだけ残すため
- 発電用の沈砂池を、隠さずに風景の主役にするため
- 風楼など、風と熱を活かす仕組みを建物の形に組み込むため
建物を主役にしないという設計は、目立たせないことではありません。土地の文脈を読み、建築をその一部にすることです。
次に旅行や街歩きで建物を見るときは、「なぜこの向きなのか」「なぜここに窓があるのか」を、少しだけ考えてみてください。きっと、風景の見え方が一つ増えるはずです。

よくある質問
Q. 星のや軽井沢の設計者は誰ですか?
建築設計は東環境・建築研究所の東利恵氏、ランドスケープ設計はオンサイト計画設計事務所の長谷川浩己氏らが担当しました。JIA環境建築賞の資料にも、両者の名前が挙がっています。
Q. 施工会社はどこですか?
JIA環境建築賞の資料では、施工者は大林組と記載されています。設計者とは別の立場です。
Q. 客室はなぜ一列に並んでいないのですか?
公開資料によると、既存の地形や樹木をできるだけ残すために多くの配置案が検討されました。そのため、地形に合わせて点在する配置になったと考えられます。
Q. 雁行配置とは何ですか?
建物を少しずつずらして並べる配置のことです。窓やテラスの向きが変わり、視線が重なりにくくなる効果があります。
Q. 敷地の中央の水辺は人工の池ですか?
発電用の沈砂池を水景として活用したものです。もともとは水力発電のための設備で、それをランドスケープの工夫で風景に変えたと説明されています。
Q. 風楼とは何ですか?
客室の屋根にのる小さな屋根です。温まった空気を上から逃がし、涼しい風を取り入れる考え方で設計されています。
Q. 風楼があれば一年中エアコンはいりませんか?
そうとは言い切れません。外の気温や季節によって効果は変わります。設計の考え方として理解するのが正確です。
Q. EIMYとは何ですか?
Energy In My Yardの略で、使うエネルギーをできるだけ敷地内でつくる考え方です。地中熱や温泉排熱、水力発電などを組み合わせています。
Q. エネルギー自給率はどのくらいですか?
星野リゾートの資料では、約7割(2017年時点で68%)と紹介されています。これは2017年時点の数字です。
Q. 宿泊しなくても建築を見られますか?
客室エリアは宿泊者向けの空間です。見学の可否や条件は変わることがあるため、公式サイトで確認してください。
参考・出典
- オンサイト計画設計事務所「星のや軽井沢」
https://www.s-onsite.com/works/002043.html - 日本建築家協会(JIA)「JIA環境建築賞 2007年度 星のや軽井沢」
https://www.jia.or.jp/jia-official/jia-old/member/award/environment/2007/hoshinoya.htm - 星野リゾート「環境建築」
https://hoshinoresorts.com/jp/aboutus/sdgs/environment/ - 星野リゾート「EIMYに関するプレスリリース」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001449.000033064.html - 星のや軽井沢 公式サイト(客室・アクセス)
https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/hoshinoyakaruizawa/
※本記事の情報は執筆時点のものです。開館時間・料金・予約方法・休館日・工事等の最新情報は、必ず施設公式サイトでご確認ください。
※本記事の挿絵はイメージであり、実際の建物の形状・色・細部とは異なる場合があります。
