この記事の要点(30秒で読めます)
- 黒い格子・畳・温泉は、外の景色に頼らず「建物の内側に別世界をつくる」ための設計です。
- 建築士の目で見るなら、近づくと見える麻の葉くずしの格子と、玄関から続く連続した床に注目です。
- 宿泊しなくても、大手町で外観を昼と夜に見比べるだけで、設計の意図が感じられます。
大手町のオフィスビルの間に、黒い格子で包まれた塔が建っています。「星のや東京」です。ここが日本旅館として成り立っているのは、格子・畳・温泉のどれもが、都会で静けさをつくるための設計だからです。
高いビルが並ぶ街のどまんなかで、なぜ靴を脱ぎ、畳の上を歩き、17階で温泉に入るのか。この記事では、公式資料をもとに、建築士の視点で星のや東京の「なぜ」を一つずつ見ていきます。
星のや東京の建築・基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都千代田区大手町1-9-1 |
| 開業 | 2016年 |
| 客室数 | 84室 |
| 規模 | 地上18階・地下3階(建築概要の表記) |
| コンセプト | 星野リゾートの「塔の日本旅館」 |
| 建築設計・監理 | 三菱地所設計、NTTファシリティーズ |
| 旅館計画・内装設計・外装デザイン協力 | 東環境・建築研究所(東利恵) |
| 構造 | PCaRC造、中間階免震構造、制振装置 |
| 外装 | 江戸小紋「麻の葉くずし」をモチーフにした格子 |
※階数は、星野リゾートの案内では「地下2階・地上17階」とされるなど、資料によって数え方が異なります。この記事では設計者の建築概要に合わせています。
星のや東京はなぜ大手町に建てられた?
高層ビルの街に現れた「塔の日本旅館」
大手町は、日本を代表する企業の本社が集まるオフィス街です。星のや東京は、そこで進められた「大手町連鎖型都市再生プロジェクト」の第3次事業として、隣のグランキューブと一体で開発されました。
ふつう、日本旅館といえば、庭を囲んで平屋が広がる姿を思い浮かべますよね。ところが敷地は、ビルが立ち並ぶ都心です。そこで考えられたのが、旅館の要素を縦に積み重ねる「塔」の形でした。星野リゾートはこれを「塔の日本旅館」と呼んでいます。
設計者は、この建物の考え方を「眺望に頼らず、建物の内部に独自の世界をつくる」と説明しています。景色のよさを売りにするのではなく、中に入った瞬間に別の世界になるように設計した、ということです。
建築士の視点で見ると、これは大きな割り切りです。高層階のホテルなら、窓の外の夜景が一番のごちそうになります。星のや東京は、あえてその強みに頼らず、足元の畳や光、湯の気配で勝負しているのです。
設計者は誰?建物と旅館空間をつくった人たち
建築の設計・監理は、三菱地所設計とNTTファシリティーズの共同です。NTTファシリティーズは、構造設計と工事監理を担当したと紹介されています。
旅館としての計画、内装の設計、そして外装デザインへの協力を担ったのが、東環境・建築研究所です。つまり、ビルとしての安全や機能をつくるチームと、旅館としての空気感をつくるチームが、同じ建物を一緒に設計したことになります。
ランドスケープ(外構や植栽の設計)は、オンサイト計画設計事務所が担当しています。塀を立てずに、旅館の前庭らしい特別な領域感をつくる方針が紹介されています。建物の外側にも、玄関までのアプローチを整える工夫があるのです。

黒い外観に隠された「麻の葉」の秘密
あの黒い模様は江戸小紋がモチーフ
星のや東京の外観でまず目に入るのが、建物をすっぽり包む黒い格子です。設計者は、これを「2次外装スクリーン」と呼んでいます。モチーフは、江戸小紋の「麻の葉くずし」です。
江戸小紋とは、遠目には無地に見えるほど細かい柄を染めた、江戸時代に発展した染めものです。麻の葉は、正六角形を組み合わせた幾何学模様で、日本では古くから親しまれてきました。
遠くから見ると、黒い一枚の壁のように見えます。近づくと、細かな文様がだんだん見えてくる。これは、江戸小紋の「近づいて初めて気づく粋」と、よく似た感覚です。
この格子の寸法や材料、取り付け方法の細かな仕様は、今回確認した公式資料には書かれていませんでした。そのため、ここでは「江戸小紋をモチーフにした外装スクリーン」という事実にとどめます。
見た目だけじゃない、視線と光を調整する格子
では、この格子は飾りなのでしょうか。設計者は「眺望に頼らず、内部に独自の世界をつくる」という考え方を示しています。ここからは、その考え方を読み取った私なりの解釈です。
周りを大きなビルに囲まれた場所では、窓の外を見ても、隣のオフィスの窓が見えるだけかもしれません。格子というフィルターを一枚かけると、外からの視線はやわらぎ、内側では光がやわらかくなります。街の「ノイズ」を抽象的な模様に変える装置だと考えると、納得がいきます。
建築で、外壁の外にもう一枚スクリーンを設けることは、日射や視線の調整によく使われる手法です。星のや東京の格子も、見た目の個性と、内部の居心地を両立させる役目があるのだと思います。
格子は、日差しの角度や夜の明かりによって、見え方が変わる外壁です。できれば昼と夜の両方の時間帯に眺めてみてください。

なぜエレベーターの中まで畳なの?
靴を脱ぐ瞬間から始まる非日常
星のや東京は、玄関で靴を脱ぎます。公式の紹介には「玄関で靴を脱ぎ、畳敷きの館内を進む」と書かれています。畳は玄関から始まり、エレベーター、各階の廊下、客室へと続いていると案内されています。
これ、建築の面から見るととても大胆です。ホテルなら床は石やカーペットで、土足のまま移動できるほうが簡単です。それをあえて畳にしたのは、「ここから先は旅館です」という切り替えを、足の裏の感覚でつくるためだと考えられます。
視覚よりも先に、足の裏が気持ちを切り替える。私はこの考え方がとても好きです。段差の少ない連続した床は、空間を一つながりに感じさせる効果もあります。
玄関まわりについては、天井まで届く造り付けの下駄箱が並ぶ様子が、メーカーの記事で紹介されています。こうした靴の収納も、塔の足元を整えるための大切な設計の一つです。
各階わずか6室、お茶の間ラウンジの役割
客室がある各階には、6室とお茶の間ラウンジがあります。公式の案内では、各階の中央にある共有の居間のような場所で、お茶やお菓子が用意されると紹介されています。
ここで注目したいのは、6室という少なさです。大きなホテルのように廊下の両側に客室がずらりと並ぶのではなく、数室ごとのまとまりをつくっています。縦に積み重ねた建物の中に、小さな集落のような単位をつくっているのです。
この「集落化」という見方は、私の解釈です。ただ、フロアごとに居間のような場所があると、自室の外にもう一つくつろげる場所ができるので、部屋が狭いときの設計の考え方としても参考になります。
なお、ラウンジの利用対象については、公式ページの中でも表現が異なる箇所があるため、宿泊を考える場合は最新の案内を確認してください。

17階に天然温泉!地下1,500mの湯と空の設計
オフィス街の地下から温泉が湧く理由
星のや東京の最上階には、「大手町温泉」があります。星野リゾートの案内によれば、地下1,500mから汲み上げた温泉で、塩分が濃く、保温や保湿の効果が期待できると説明されています。
東京の都心で温泉が出ると聞くと、意外に思うかもしれません。実は、関東平野の地下深くには温泉水が含まれる地層があり、深く掘れば湯が得られる地域があります。大手町温泉もその一つです。
建築の面で面白いのは、その湯を地上17階まで運んで使うところです。浴場を地下ではなく最上階に置く、という計画そのものが、塔の旅館らしい発想だと感じます。
ポンプの能力や配管の詳細は、今回確認した資料には出ていないので、ここでは触れません。湯を高く運ぶための設備が、見えない場所で働いていると想像するにとどめます。
周囲のビルではなく、空を見せる露天風呂
露天風呂について、設計者は最上階の特徴の一つとして紹介しています。周りは高層ビルに囲まれた場所ですから、視線をどう扱うかが大切になります。
一般的に、都心の屋上や最上階の露天は、壁や屋根で周囲を隠しつつ、空だけを見せる設計にすることが多いです。私の解釈では、星のや東京も「ビルを見せずに空を切り取る」考え方に近いと感じますが、実際の見え方は、宿泊した人にしか分かりません。
ここで大切なのは、設計の狙いと、私の想像を分けて受け止めることです。公式資料で確認できるのは、「最上階に天然温泉がある」ところまで。その先の空の見え方は、実際に体験した人の感想に任せたいと思います。

構造の秘密|中間階免震と制振装置
細長い塔を支えるPCaRC造と制振装置
見た目は旅館でも、建物は高さのある塔です。ここで構造の話を少しだけしましょう。
設計・構造を担ったNTTファシリティーズの資料には、構造形式がPCaRC造と書かれています。PCaRC造とは、工場でつくったコンクリート部材(プレキャスト)を組み合わせて建てる鉄筋コンクリートの方法です。
資料によると、細長い形の建物は地震のときに「倒れようとする力」が大きくなります。PCaRC造は建物自身の重さを活かして、その力に抵抗するとされています。さらに、風による揺れには制振装置で対応していると説明されています。
防災拠点を支える中間階免震構造
そして、免震についてです。資料には「事業継続性確保を目的として中間階免震構造を採用しました」と書かれています。中間階免震とは、建物の途中の階に揺れをやわらげる層を設ける方式です。街区の防災拠点としての機能を保つ目的があるとされています。
ここで一つ、注意しておきたいことがあります。独立した棟になった経緯について、東日本大震災が直接の理由だったと断定できる資料は、今回確認した範囲にはありませんでした。ですから、そのような断定はしません。
家づくりにも参考になる3つの工夫
星のや東京は宿泊施設ですが、空間のつくり方は住まいにもヒントになります。ここでは、設計者が示していることと、私が感じることを分けながら紹介します。
家具を低くすると部屋が広く感じる?
畳の部屋は、もともと低い家具と相性のよい空間です。目線が下がると、天井までの距離が離れて、部屋が広く感じられることがあります。
ただし、これは感じ方の話で、すべての人に同じ効果が出るとは限りません。広さの感覚は、天井の高さや窓の位置でも変わります。
もし自宅で試すなら、ソファや棚を一段低いものに替えてみてください。部屋の面積は変わりませんが、視線の抜けが変わって、印象が軽くなるかもしれません。
障子でやわらかい光を取り込む
日本旅館の定番は障子です。直射日光を和紙でやわらげ、部屋全体に均一な光をつくります。窓の外が気になる場所でも、障子があれば視線をさえぎりつつ明るさは確保できます。
ここでも、外装の格子と同じ考え方が見えてきます。外側の格子、内側の障子と、光を二重に調整しているイメージです。
住まいなら、カーテンの代わりにロールスクリーンや障子風の建具を一部の窓に使うだけでも、光の質は変わります。
床と素材をそろえて落ち着いた空間に
星のや東京は、玄関から客室まで床の素材をそろえています。床が連続すると、空間の切れ目が少なくなって、落ち着きが生まれます。
家なら、廊下からリビングまで同じ床材にするのが一番簡単です。床の色をそろえるだけで、家全体のつながりが出てきます。
客室の水まわりも参考になります。メーカーの記事によると、「菊」という広い部屋には洗い場付きの深い浴槽があり、「百合」「桜」は洗い場をなくして独立したシャワーにしています。これは、入浴を17階の温泉に任せる前提の割り切りだと紹介されています。
限られた面積の中で、何を省いて何を残すか。これは住宅の間取りを考えるときにも、大切な視点だと思います。

星のや東京は宿泊しなくても見学できる?
外観の格子を見るおすすめのポイント
宿泊しなくても、外観はいつでも眺められます。建物は大手町の街なかにあり、公共の広場のような前庭のそばを歩けます。
見るときのポイントは三つです。
- 遠くから:黒い塔としての全体のシルエットを見る
- 近くから:麻の葉くずしの細かな文様を見る
- 時間をずらして:昼と夜で変わる黒い塔の表情を見る
アクセスは、東京メトロ大手町駅のA1出口やC2c出口から徒歩約2分、東京駅丸の内北口から徒歩約10分と紹介されています。
なお、建物のまわりは都市の公共空間ですので、ほかの人の迷惑にならないよう、静かに眺めましょう。
ダイニング利用と宿泊者専用エリアの違い
玄関のロビーや客室、お茶の間ラウンジ、温泉は、宿泊者のためのエリアです。自由に館内を見学することはできません。
一方、ダイニングについては、公式の案内で2026年秋から宿泊を伴わないディナー利用が可能とされています。予約方法や営業時間、料金は、時期やプランによって変わる可能性があります。ご利用を考える場合は、公式サイトで最新の案内を確認してください。

まとめ|星のや東京が教えてくれる「都会でくつろぐ」工夫
最初の疑問に戻ります。なぜ大手町のビル街に、畳と格子と温泉があるのか。
それは、外の景色に頼らず、建物の内側に別の世界をつくるためでした。黒い格子は外の街と内側の空気を分けるフィルター、畳は足元から気持ちを切り替えるスイッチ、最上階の温泉は都会の中のごほうびです。
建築士の目で見るなら、次の三つを覚えておくと、街歩きがもっと楽しくなります。
- 格子の細かな文様は、近づいたときにだけ見える
- 床や素材をそろえると、空間は落ち着いて見える
- 窓の外を見せなくても、光の質で居心地はつくれる
今度、大手町を歩くときは、黒い塔の前で少し足を止めてみてください。昼と夜で見え方が変わるので、時間をずらして眺めるのもおすすめです。

よくある質問
Q. 星のや東京の設計者は誰ですか?
建築設計・監理は、三菱地所設計とNTTファシリティーズの共同です。旅館計画・内装設計・外装デザイン協力は、東環境・建築研究所が担当しています。
Q. 星のや東京の外観の格子は何をモチーフにしていますか?
江戸小紋の「麻の葉くずし」をモチーフにしています。設計者は、この外装を「2次外装スクリーン」と呼んでいます。
Q. 星のや東京は宿泊しなくても見学できますか?
外観は街の側から眺められます。ロビーや客室、お茶の間ラウンジ、温泉は宿泊者向けのエリアで、自由な見学はできません。
Q. 星のや東京の温泉は宿泊しないと入れませんか?
温泉は17階にあり、星野リゾートの案内では宿泊者の利用とされています。日帰りの利用は、公式サイトの最新の案内でご確認ください。
Q. 星のや東京の客室数は何室ですか?
公式の総客室数は84室です。各階には6室の客室とお茶の間ラウンジがあります。
Q. 星のや東京は何年に開業しましたか?
2016年に開業しました。竣工も同じ2016年です。
Q. 星のや東京の所在地とアクセスを教えてください。
所在地は東京都千代田区大手町1-9-1です。東京メトロ大手町駅A1・C2c出口から徒歩約2分、東京駅丸の内北口から徒歩約10分とされています。
Q. 星のや東京の構造は免震ですか?
設計者の資料には、中間階免震構造と書かれています。あわせて、PCaRC造と、風の揺れに備える制振装置も採用されています。
Q. 星のや東京のダイニングは宿泊しない人も利用できますか?
公式の案内では、2026年秋から宿泊を伴わないディナー利用が可能とされています。予約方法や営業時間は、公式サイトでご確認ください。
Q. 星のや東京はなぜ玄関で靴を脱ぐのですか?
公式の紹介では、玄関で靴を脱いで畳敷きの館内を進む形式とされています。足の裏から気持ちを切り替える設計だと、私は解釈しています。
参考・出典
- 三菱地所設計「星のや東京」
https://www.mjd.co.jp/projects/27832/ - NTTファシリティーズ「星のや東京」
https://www.ntt-f.co.jp/architect/building/hoshinoya-tokyo.html - オンサイト計画設計事務所「星のや東京」
https://www.s-onsite.com/works/001402.html - TOTO通信 2017年新春号「最新水まわり物語」
https://jp.toto.com/tsushin/2017_newyear/mizumawari.htm - 星野リゾート「星のや東京 お茶の間ラウンジ」
https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/hoshinoyatokyo/sp/ochanomalounge_stay/ - 星野リゾート「現代に合わせて進化し続ける 塔の日本旅館」
https://hoshinoresorts.com/jp/cards/469larwqf71/ - 千代田区観光協会「星のや東京(スポット紹介)」
https://visit-chiyoda.tokyo/app/spot/detail/322
※本記事の情報は執筆時点のものです。開館時間・料金・予約方法・休館日・工事等の最新情報は、必ず施設公式サイトでご確認ください。
※本記事の挿絵はイメージであり、実際の建物の形状・色・細部とは異なる場合があります。
